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賃貸不動産のオーナーにとって 認知症は深刻な問題です。判断能力低下により、 賃貸経営が難しくなるからです。
判断能力が低下した状態での賃貸経営は、入居者とのトラブルを招く恐れがあります。何かしらの認知症対策を取る必要がありますが、 実は、認知症進行後に取れる対策はかなり限定されます。
成年後見制度は、認知症後も利用可能です。 しかし成年後見制度には不備も多く、期待通りの結果が得られない可能性があります。
認知症が原因で賃貸経営が傾くのを防ぐには、成年後見制度以外の方法も知っておいたほうがよいでしょう。
この記事では、賃貸経営者が認知症対策になったときの対処法を解説します。
田中 総
(たなか そう)
司法書士
2010年、東証一部上場の不動産会社に新卒で入社し、10年以上に渡り法人営業・財務・経営企画・アセットマネジメント等の様々な業務に従事。
法人営業では遊休不動産の有効活用提案業務を担当。
経営企画では、新規事業の推進担当として、法人の立ち上げ、株主間調整、黒字化フォローの他、パートナー企業に出向して関係構築などの業務も経験。
司法書士資格を取得する中で家族信託の将来性を感じ、2021年6月ファミトラに入社。
田中 総
司法書士資格保有/家族信託コーディネーター/宅地建物取引士/不動産証券化協会認定マスター
東証一部上場のヒューリック株式会社 入社オフィスビルの開発、財務、法人営業、アセットマネジメント、新規事業推進、経営企画に従事。2021年、株式会社ファミトラ入社。面談実績50件以上。首都圏だけでなく全国のお客様の面談を対応。
賃貸不動産のオーナーが、認知症になった際の影響について考えてみましょう。
まず、賃貸不動産オーナーが認知症になると、新規入居者を募集するのにリスクを伴います。これは、意思能力の問題が生じるからです。
また、記憶力や判断能力の低下が原因で、入居者に迷惑をかける恐れもあるでしょう。
賃貸不動産のオーナーが認知症になった場合、入居者と賃貸借契約を結べなくなります。認知症が進行すると、契約に必要な意思能力が欠けるからです。
意思能力を欠く法律行為は無効です。賃貸不動産のオーナーが、入居者と賃貸借契約を結ぶ行為は法律行為に該当します(民法第601条)。
それゆえ認知症患者は賃貸借契約が結べません。結んだとしても無効と判定される可能性が高いでしょう。
認知症になったとしても、家族が代わりに契約すればよいと考える人もいるかもしれません。しかし、本人の代わりに法律行為をするには代理権が必要です。
家族といえども、何の根拠もなく代理権が与えられることはありません。本人の代わりに賃貸借契約を交わすには、何らかの手段で管理権限が与えられる必要があります。
賃貸不動産のオーナーが認知症になると、入居者とのトラブルが起こる可能性が高まります。認知症患者は、記憶力や判断能力に乏しく、家賃の支払いや契約などの事務処理で、入居者ともめる場合があるからです。
支払い済みの入居者に対して家賃を請求したり、家賃をもらい忘れたりと、記憶力が乏しいとお金関係のミスが起こりやすくなります。
また判断力が足りていないと、屋根が崩れかかっているなど、アパートが危険な環境にあるにもかかわらず放置してしまうかもしれません。認知症患者がマンションのオーナーである場合、入居者の安全にも悪影響を及ぼします。
さらに認知症患者は、感情のコントロールが難しい傾向にあり、入居者と口論になる恐れも考えられるでしょう。
賃貸不動産のオーナーが認知症になったら「成年後見人」の選任申し立て手続きが必要です。成年後見制度を利用すると、本人が認知症になったあとも、賃貸業の継続が可能です。
ただし、成年後見制度は機能として不十分な側面もあります。
こちらが希望する成年後見人が選ばれる保証はなく、成年後見人に与えられる権限にも限界があります。
認知症進行前であれば、任意後見制度や家族信託も視野に入れて対策しましょう。
成年後見制度は、判断能力を失った人のために、後見人が本人をサポートする制度です。後見人は、身上保護のみならず、財産管理をすることでも、本人をサポートできます。
本人が認知症になり、本人の判断で財産管理をするのが難しくなった場合、成年後見制度がよく利用されます。
不動産オーナーの認知症が進行し、賃貸人としての仕事ができなくなった場合でも、成年後見制度なら利用可能です。
成年後見制度を利用すれば、不動産オーナーが認知症になった場合でも、一定の問題解決にはなります。入居者から機械的に賃料を回収する程度なら、成年後見制度でも十分かもしれません。
しかし成年後見制度は、後述する任意後見制度や家族信託と比べて、機能として不十分な点があります。
もっとも、認知症が進行してしまうと、成年後見制度が唯一の対策となるでしょう。
成年後見制度の利用手順は、次の通りです。
通常、成年後見人は、本人の判断能力が低下してから手続きに取りかかります。これは、本人の判断能力低下前を前提とする任意後見制度や家族信託とは、大きく異なる点です。
必要書類を準備し、家庭裁判所へ申し立てたあとは、成年後見人が選任されます。成年後見人が本人の財産を管理する、つまり賃貸人の仕事をします。
成年後見人に選ばれるのは、多くの場合、弁護士や司法書士などの専門家です。
後見人を誰にするかについて希望は出せるものの、その人が後見人になるとは限りません。このことも、希望した人が後見人または受託者に選ばれる、任意後見制度や家族信託との違いです。
賃貸オーナーが認知症になっても、不動産を滞りなく経営するためのポイントを紹介します。
1つの方法として委任状の作成をおすすめしますが、この方法は成年後見申し立て手続き完了までの応急処置的な位置付けです。
また、委任状の作成も、後述する任意後見制度も家族信託も、全て認知症が進行してからでは手遅れであり、事前の対策が求められます。
賃貸不動産オーナーが認知症になった場合の対策としては、委任状の作成が考えられます。
認知症に備えて、本人があらかじめ賃貸管理を任せる旨の委任状を作成しておけば、認知症後の賃貸業務をスムーズに引き継げます。
本人が家族を代理人とする委任状(管理業務委任状)を発行しておき、認知症になった場合、賃貸管理業者が、代理人たる家族に意思確認する方法が、実務では取られるケースがあるようです。
委任状を活用すれば、認知症の影響を受けず、賃貸借契約の締結、更新、解除、修繕などの業務を引き継ぐことが可能です。
ただし委任状を用いても、財産管理全般を委任したことにはなりません。認知症発症後は、成年後見の申し立てが必要となるでしょう。
しかし、成年後見人の申し立て手続きは、完了まで数カ月かかります。
成年後見手続き完了までの期間に対応できるため、委任状作成のメリットはあります。
もっとも委任状を用いた方法は、委任契約の時点で、賃貸不動産オーナーに判断能力が備わっているのが前提です。
認知症対策は事前の行動が肝心ですが、認知症になったあとでも成年後見制度の利用はできます。
しかし成年後見制度には、次のデメリットがあります。
成年後見人を選ぶのは家庭裁判所であり、弁護士や司法書士などの法律の専門家が選ばれる確率が高い傾向にあります。
つまり成年後見人制度を使うと、不動産経営とは無関係の、まったく知らない第三者が賃貸管理をすることになるかもしれないということです。
また、成年後見人ができる財産管理は、消極的な方法に限定されます。入居者増を目指すといった、未来に向けた積極的な管理ができません。そのため、大規模な修繕などは難しいでしょう。
これらの成年後見制度の不備を解消するには、任意後見制度や家族信託が有効です。
しかし任意後見契約も家族信託契約も、本人に判断能力が備わっているうちしか、実行できません。
認知症対策で事前対策が大切といわれるのは、取れる選択肢が、極端に少なくなるからです。
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ここでは、認知症になる前に取れる、認知症対策を紹介します。
認知症になる前の対策としては、任意後見制度と家族信託が挙げられます。
どちらも財産管理者を自由に選べるため、成年後見制度よりも自由度が高い対策です。家族信託では積極的な財産管理も認められるため、さらに自由度が増します。
任意後見制度は、本人の判断能力があるうちに、あらかじめ将来の後見人を選んでおく手続きです。任意後見人の仕事は、契約してすぐには開始せず、認知症進行まで待つ流れになります。
後見人を自由に選べるなど、成年後見制度よりも自由度が高いといえます。
ただし利用に当たっては、本人の判断能力が前提です。認知症進行が進行したあとは、利用できません。
また、報酬の支払いが毎月発生する、利益拡大を見込んだ積極的な財産管理ができないなど、成年後見制度と共通のデメリットもあります。
任意後見制度のメリットは次の通りです。
成年後見制度は、(成年)後見人を自由に選べないのが難点でした。成年後見制度では、家庭裁判所が成年後見人を選任します。後見人が誰になるかにつき要望はできますが、受け入れられる保証はありません。結果、賃貸経営の経験がまったくない第三者が、本人の代わりに賃貸経営に携わる形になります。
一方、任意後見制度では、本人が選んだ(任意)後見人が選ばれます。賃貸経営能力のある家族や第三者を後見人に選べば、認知症後も、賃貸経営がうまくいく可能性が高くなります。
また成年後見制度と異なり、後見人が持つ権限を本人が具体的に指定できる点も、任意後見制度のメリットです。
任意後見制度のデメリットは、次の通りです。
任意後見制度の使いづらい理由の1つが、任意後見監督人の存在です。
任意後見監督人は、任意後見人の仕事ぶりをチェックする人です。任意後見監督人は裁判所が選びますが、問題は報酬が発生する点です。任意後見制度を利用すると、任意後見監督人に、月額単位で報酬を支払わなければなりません。しかも、任意後見監督人の設置は必須であり、拒めません。
報酬以外の点では、後見人に与えられる権限にも難点があります。後見人に与えらえる財産管理権限には限界があり、利益獲得を見込んだ積極的な運用・管理までは、認められない可能性があるからです。
(成年後見、任意後見問わず)後見人の財産管理は、本人の財産を減らさない点に重きが置かれます。
アパートの建て替えや売却益を狙った賃貸不動産の売却などは、後見人の権限では、実現できないかもしれません。建て替えや売却が利益をもたらす保証はなく、本人が経済的損失を被る可能性もあるからです。
任意後見制度の手続きを利用する場合は、次の流れに沿って手続きを進めます。
最初にやるべき作業は、将来の任意後見人探しです。
賃貸経営を任せても問題のない、信頼できる相手を探しましょう。任意後見人は家族でも第三者でも構いません。
適任となる任意後見人が見つかったら、契約内容を決め書類を作成します。
その後、本人の認知症が進行し判断能力が低下した時点で、(任意後見監督人の選任手続きを経た上で)後見人の仕事が開始されます。
家族信託は、信頼できる家族に財産を託し、運用・管理してもらう財産管理方法です。
家族信託は、委託者と受託者が契約し成立します。委託者は、財産の所有者です。また、受託者は財産の管理を任される人、つまり後見制度でいうところの後見人に該当します。
家族信託では、委託者と受託者の他に、受益者も登場人物として挙げられます。受益者は信託財産から利益を得る人ですが、家族信託では、委託者と受益者は兼ねる場合が多く見られます。
賃貸不動産のオーナーが長男に賃貸経営を任せ、賃料をオーナー自身が受け取る場合は、次の関係性になります。
なお、受託者は家族でなくても構いません。親族でない第三者を受託者に指定する家族信託も組めます。
家族信託のメリットは、次の通りです。
家族信託では、受託者(後見制度では後見人に当たる人)を自由に選べます。
さらに、任意後見制度と違って、任意後見監督人のような存在も不要です。それゆえ、成年後見人や任意後見監督人など、見ず知らずの第三者に報酬を支払う必要はありません。
そして、家族信託の見逃せないポイントは、積極的な財産管理も許される点です。
受託者の権限は後見人よりも広く、信託契約で定めておけば、受託者の判断でアパートの建て替えや賃貸不動産の売却もできます。そしてこれらの建て替え行為や売却行為は、利益拡大を目的とした積極的なものでも構いません。
家族信託のデメリットは、次の通りです。
家族信託を組むには、受託者を探す必要があります。
家族信託は、委託者と受託者、双方の意思が合致して成立し、委託者の一方的な判断で成立させることはできません。賃貸経営の全てを任せる場合は、相手が責任を感じて、引き受けてくれない可能性もあります。
また家族信託では、契約内容にもよりますが、受託者に広い権限が与えられます。特定の家族を受託者に指名し不動産管理を任せた場合、親族の中に、快く思わない人物が出てくるかもしれません。
トラブルを防ぐためにも、家族信託を組むに当たっては、家族全員とのコミュニケーションが大切といえるでしょう。
家族信託は、次の流れに沿って進めます。
まずは、家族信託を実行するかしないかも含め、家族で協議しましょう。信託する目的は何か、誰が受託者となるか、仕事の内容はどうするか、信託対象となる財産はどれかなど、契約書に盛り込む内容について家族で話し合いましょう。
協議が進みそうにない場合は、家族そろって専門家に相談する方法もあります。専門家の説明を受けながら、内容を固めていくのもよいでしょう。
家族信託は、専門家を頼らずとも実行可能です。
しかし現実問題として、家族信託の仕組みは複雑で、専門家に依頼せず実行するのは困難です。専門家に依頼すれば、不動産登記の名義変更など、その後の財産移転手続きもスムーズに進みます。
賃貸不動産のオーナーにとって認知症は深刻な問題です。賃貸業務が継続できなくなる恐れがあるからです。
認知症対策としては、成年後見制度が有名です。しかし後見制度には、成年後見人を自由に選べない、後見人に与えられる財産管理権に制約があるなど、認知症対策としては不十分な点も多々あります。
この点、後見制度や家族信託であれば、成年後見制度が持つデメリットを解消できます。
ただし任意後見制度も家族信託も、認知症が進行してからでは手遅れです。認知症が進行してからでは、成年後見人制度以外の選択肢が取れなくなってしまいます。
結局のところ、認知症対策は、事前の対策が肝心です。
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