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相続放棄は知っていても、限定承認という言葉は聞いたことがない人も多いのではないのでしょうか。
この記事では、限定承認の基本からそのメリット・デメリット、さらに具体的に限定承認を選ぶケースまで解説しています。ぜひ最後までお読みください。
田中 総
(たなか そう)
司法書士
2010年、東証一部上場の不動産会社に新卒で入社し、10年以上に渡り法人営業・財務・経営企画・アセットマネジメント等の様々な業務に従事。
法人営業では遊休不動産の有効活用提案業務を担当。
経営企画では、新規事業の推進担当として、法人の立ち上げ、株主間調整、黒字化フォローの他、パートナー企業に出向して関係構築などの業務も経験。
司法書士資格を取得する中で家族信託の将来性を感じ、2021年6月ファミトラに入社。
田中 総
司法書士資格保有/家族信託コーディネーター/宅地建物取引士/不動産証券化協会認定マスター
東証一部上場のヒューリック株式会社 入社オフィスビルの開発、財務、法人営業、アセットマネジメント、新規事業推進、経営企画に従事。2021年、株式会社ファミトラ入社。面談実績50件以上。首都圏だけでなく全国のお客様の面談を対応。
限定承認とは、被相続人の債務などのマイナスの財産を、プラスの財産を限度として承継する方法です。
明らかにマイナス財産が多ければ、相続放棄という選択もあるでしょう。しかし、プラス・マイナスどちらの財産が多いかわからない場合、限定承認を考慮する余地があります。
単純承認とは、相続人が被相続人のプラス・マイナス全ての財産を引き継ぐことです。
プラス財産の範囲内でしかマイナス財産を引き継がない
プラス・マイナス全ての財産を承継する
管轄の家庭裁判所に限定承認の申述をする必要がある
特に財産を承継する意思表示をする必要がない
相続開始を知った日から3カ月以内に申述をおこなう必要があり、期限を過ぎると単純承認をしたものとみなされる
期限はない
相続放棄とは、被相続人の全ての財産を引き継がない方法です。
相続放棄をした人は、最初から相続人ではなかったことになります。
相続財産に債務が多く明らかに債務超過な場合
相続人全員でする必要がある
各相続人単独でできる
限定承認を選択するメリットは以下の2つです。
以下で詳しく解説します。
相続人は、被相続人からプラス財産の範囲内でマイナス財産を承継するので、相続後に債務超過になりません。
相続財産を使ってマイナス財産を弁済できるからです。
そのため、相続後に負債を負うことはありません。
相続時に負債額などが不明な場合でも、限定承認をしておけば数年後に負債が発覚しても、負債はプラス財産の範囲内で負えばいいので相続人固有の財産は守られます。
限定承認をした相続人が債権者に債務の弁済をする場合、原則として競売によらなければなりません。
しかし、相続財産の中には、自宅など手放したくない不動産もあるでしょう。
そのような場合、相続人は家庭裁判所が選任した鑑定人が鑑定した評価額を、限定承認した相続人が新たに用意した金銭で弁済することで競売に代えることができます。
これを、先買権といいます。
通常は競売では必ずしも当該不動産を競落できる保証はありませんが、先買権があると資金さえ用意できれば手放したくない不動産を確実に取得することができます。
例えば、被相続人の所有していた自宅の評価額が2,000万円だった場合、2,000万円を支払えば、自宅を取得できるのです。
限定承認をするべきケースは以下の4つです。
以下で詳しく解説します。
明らかにプラス財産が多い場合は単純承認するべきです。
しかし、プラス・マイナス財産のどちらが多いかわからない場合は、限定承認により一度清算した方が安心です。
限定承認しておけば、相続人が遺産調査をし、マイナス財産が多ければプラス財産の範囲内で弁済し、プラス財産が多ければそのまま引き継ぎます。
特に、被相続人が会社経営をしていた場合、会社の債務の連多保証人になっているケースも多く、単純承認してから時間がたった後に請求される可能性もあります。
また、被相続人と交流がなかった場合も注意が必要です。
被相続人の生前の生活を知らないので、どこから請求が来るかわかりません。
この場合も、限定承認をしておけば安心です。
自宅や先祖代々の家宝など、手放したくない資産がある場合も限定承認が有効です。
自宅などの不動産を遺したい場合は、先買権を行使して家庭裁判所が選任した鑑定士の出した評価額を支払えば、競売に代えて不動産を取得することができます。
これは動産でも同様で、先買権を行使して家庭裁判所が選任した鑑定士が出した評価額を支払えば、家宝や非上場未公開株式など大切な動産を競売に代えて確保することができます。
被相続人が事業をしていて、多額の負債があるが相続人がその事業を承継したい場合、限定承認が有効です。
単純承認では、事業に必要なものは残りますが債務も負わなければなりませんし、相続放棄では、債務を負わない代わりに事業に必要なものは手放さなければなりません。
しかし、限定承認した相続人に認められた先買権を行使し、事業に必要な株式、土地、建物、設備などを買い戻せば、被相続人の債務を減らしつつ、事業を承継することができます。
家族経営の会社を承継する場合、限定承認は非常に有効な手段になります。
被相続人に多額の借金がある場合、まず考えられる手段は相続放棄です。
次順位の相続人がいなければ相続放棄でも良いのですが、もし次順位の相続人がいる場合、次順位の相続人が被相続人の負債を負わなければなりません。
次順位の相続人も相続放棄をすれば良いのですが、相続放棄は手間がかかります。うっかり熟慮期間を過ぎてしまうと、債務を負わなければなりません。
そこで、限定承認をすれば、そこで被相続人の相続は終了します。
つまり、次順位の相続人に手間をかけさせずに相続手続きを終えられるのです。
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ここまで、限定承認を選択するメリットや限定承認を選択するべきケースについて解説してきましたが、その一方で限定承認ではなく相続放棄を選択するべきケースもあります。
相続放棄を選択するべきケースの具体例として、以下のようなケースが挙げられます。
限定承認と相続放棄のどちらを選択しても、相続人が被相続人の負債を負担する必要はありません。
そのため、負債のほうが多くあることが明らかな場合には、わざわざ手続きに手間がかかる限定承認を選択するよりも相続放棄を選択したほうが良いでしょう。
また、そもそも限定承認の手続きに費用や手間をかけたくない場合や、被相続人・他の相続人との関係が悪く、関わりを絶ちたい場合にも、相続放棄がおすすめです。
限定承認には上述したように、様々なメリットがありますが、以下5つのデメリットがあります。
相続放棄が、家庭裁判所へ「相続放棄の申述」をするだけで良いのに対し、限定承認は他にも様々な手続きが必要です。
債権者への公告・催告、相続財産の換価、債権者への配当などです。
相続放棄が家庭裁判所への申述だけで終わるのに対し、限定承認では全ての手続きを終わらせるのに1年以上かかることも珍しくありません。
このように、限定承認を行うには非常に時間と労力がかかります。
相続放棄の申述は相続人一人ひとりが単独でできます。
しかし、限定承認では相続人が複数いる場合、全員が共同で限定承認をしなければなりません。
相続人全員が近隣に住んでおり普段から交流がある場合なら、それほど問題はないかもしれません。
しかし、相続人の中に行方不明者がいる、あるいは海外にいて連絡が取りにくい場合など、全員の同意を取り付けるのは難しいこともあります。
限定承認による財産の譲渡は、相続開始時点の時価で売ったとみなされます。
資産購入時よりも価値が上がっている場合、譲渡所得が発生し所得税を払う必要があります。
購入時よりも価値が下がった場合は、払う必要はありません。
限定承認の手続きの期限は、「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」から3カ月以内です。
この3カ月の期間のことを熟慮期間といいます。
たった3ヶ月の間に、相続人の調査と確定、相続財産の調査と確定、相続人への連絡などをするのは、大変なことです。
もし、熟慮期間内に申述を行わないと、単純承認したことになり一切のプラス財産とマイナス財産を相続します。
ただし、この熟慮期間は延長することができます。
延長が認められる具体的なケースは以下のとおりです。
限定承認の申述をしたからといって、安心してはいけません。
手続きが終わるまでに、相続財産を処分すると単純承認したものとみなされることがあります。
処分行為により、相続人が相続する意思を示したと考えられるからです。
これをみなし単純承認といいます。
単純承認とみなされるのは以下の処分行為です。
なかでも気をつける必要があるのは②の場合です。
処分したつもりはなくても、処分とみなされる場合があります。
具体的には、被相続人の債務を相続人が相続財産の中から払った場合などは、処分行為に当たる可能性があります。
些細な行為で限定承認が出来なくなってしまうので、相続財産には一切手を付けないようにしましょう。
限定承認を自分で行う場合には、以下のような費用がかかります。
それぞれの費用の目安について、以下で見ていきましょう。
限定承認を行う際には、戸籍謄本や住民票の除票・戸籍の附票などの書類を収集する費用がかかります。
収集費用は、戸籍謄本が1通あたり450円、住民票の除票や戸籍の附票などが1通あたり300〜750円ほどです。
被相続人の戸籍謄本は出生から死亡までの全てを手に入れる必要があるほか、申述人である相続人の戸籍謄本も全員分集める必要があるため、収集費用の目安は数千円程度と考えておくのが良いでしょう。
印紙代や郵便切手代も、限定承認を行う際に必要な費用の1つです。
印紙代は800円、郵便切手代は申し立てを行う裁判所により異なります。
例えば、東京家庭裁判所では376円、佐賀家庭裁判所では248円などと定められています。
参考:予納郵便切手一覧表 (令和5年10月版)|東京家庭裁判所
参考:予納切手一覧・予め納付することを要する連絡用の郵便切手(主な手続別)|佐賀家庭裁判所
家庭裁判所により限定承認の申述受理がなされたら、5日後まで(相続財産管理人は10日後まで)に、以下の内容を記載した官報公告を行わなければなりません。
官報公告費用は、1行ごとに決められており、4〜5万円が目安となっています。
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限定承認を弁護士に依頼すると、上記で紹介した費用以外に、弁護士費用がかかります。弁護士費用の報酬形態には、主に以下の2種類があります。
それぞれの報酬形態がどのようなものなのかを以下で解説します。
1つ目の報酬形態は、着手金・成功報酬金型です。
着手金とは弁護士に業務を依頼する際に支払う費用のことで、成功報酬金とは弁護士が業務を行った結果、得られた利益に応じて弁護士に追加で支払う費用のことです。
着手金の目安は、20〜50万円ほどです。
一方、成功報酬金は、以下の表に示した、以前日本弁護士連合会により定められていた「(旧)日本弁護士連合会報酬等基準」を目安にしている弁護士が多くいます。
得られた利益の額 | 報酬金の計算式 |
---|---|
300万円以下 | 16% |
300万円超〜3,000万円以下 | 10%+18万円 |
3,000万円超〜3億円以下 | 6%+138万円 |
3億円超 | 4%+738万円 |
ただし、上記の基準は現在廃止されており、それぞれの弁護士が自由に報酬を決められるようになっているため、成功報酬金がいくらになるのかは事前に確認するようにしましょう。
2つ目の報酬形態は、定額型です。
定額型とは、一律の着手金・成功報酬金を設定している形態です。
得られた利益に応じて着手金や成功報酬金が変動する着手金・成功報酬金型と異なり、どんな場合でも着手金・成功報酬金額が同じであるため、わかりやすい報酬形態であるといえるでしょう。
上記の費用以外に、ケースバイケースでかかる費用として、以下の2つが挙げられます。
それぞれの費用について、以下で見ていきましょう。
前述のとおり、限定承認で債務返済のために不動産などの財産を売却する場合、原則として財産は競売にかけなければなりません。
財産を競売にかける場合、およそ50〜100万円を予納金として裁判所に納める必要があります。
予納金は、競売にかけられた財産の調査費用やその他の手続き費用などに充てられるお金です。
決して安い金額ではありませんが、調査費用や手続き費用を負担してくれる人はいません。
そのため、不動産などの財産を売却する際には、予納金を負担する必要があることを理解しておきましょう。
先買権を行使して、不動産などの財産を競売により換価しない場合には、鑑定費用を支払う必要があります。
具体的には、家庭裁判所により選任された鑑定人が算出した鑑定評価相当額の支払いが必要です。
鑑定評価相当額は数十万円にも上ることが少なくないため、競売の予納金と同様、少ないとはいえない金額を負担する必要があるでしょう。
限定承認の申し立て手続きの流れをステップごとにわかりやすく解説していきます。
まず、相続財産がどれくらいあるのか、相続人が何人いるのかを確定しなければなりません。
プラスの財産だけでなく借金などマイナス財産も全て調べ上げます。
相続人は被相続人の戸籍を出生までたどり調べます。
思わぬ相続人が出てくる場合もあるので、徹底的に調べましょう。
限定承認には3カ月の期限があるので、なるべく早く調査を開始します。
相続財産と相続人が決まり、限定承認することになった場合、相続人全員の同意を取り付けます。
限定承認は相続放棄と違い1人ではできません。家庭裁判所の手続きも相続人全員で行います。
したがって、相続人のうち1人でも反対している人がいれば、限定承認はできません。
場合によっては、限定承認の手続きのうち最も難しい手続きとなるかもしれません。
相続人全員の同意が取れたら、「相続の開始があったことを知ったとき」から3カ月以内に限定承認の申述を家庭裁判所にします。
相続放棄をした相続人がいた場合、最初から相続人でなかったことになるので、放棄をした人以外全員で申述します。
申述する家庭裁判所は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
限定承認では、相続人の財産を管理し債権者へ弁済する必要があります。
相続人が1人の場合、その相続人が相続財産を管理します。
相続人が複数の場合、相続人の代理人として相続財産管理人を選任しなければなりません。
債権者と債務の額を明らかにするため、相続人は全ての債権者と受遺者に対し、2カ月以上の期限を定めて、債権の請求の申し出をするよう公告しなければなりません。
この公告は相続人が1人の場合、限定承認の申述が受理されてから5日以内(相続財産管理人は選任後10日以内)に行う必要があります。
公告期間が終わると、相続財産管理人は相続財産を換価処分します。
換価処分は競売の手続きを取ります。
競売という公の手続きを取ることにより、相続財産が適正な価格で換価処分されれば、債権者の利益が害されることがないためです。
競売にかけられるのは不動産に限らず、動産など全ての相続財産です。
競売が行われ財産の換価処分が終了したら、届出をした債権者や受遺者に対して弁済をします。
相続財産を換価した金額が届出をした債権額を上回る場合は、債権に対し全額を弁済し、換価した金額が債権額を下回る場合は、債権額により按分して弁済します。
届出のなかった債権者や受遺者については、届出をした債権者や受遺者に対して弁済した後に残った財産から弁済を行います。
債権者や受遺者への配当が全て終わった後、残った財産については相続人間で通常の遺産分割協議を行い財産を引き継ぎます。
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相続人が複数いる場合、限定承認は全員で行う必要があるため1人だけで手続きはできません。
したがって、相続人の中に限定承認に反対している人がいると限定承認はできません。
なお、相続放棄した者ははじめから相続人ではなかったことになるため、相続放棄者以外の全員の同意で足ります。
限定承認には、相続税以外に譲渡所得税(みなし譲渡所得税)がかかるケースがあります。
限定承認をすることにより、被相続人から相続人に対して相続開始時点の時価で相続財産が売却されたとみなされるからです。
例えば、2,000万円で取得した財産が、相続開始時点で3,000万円の価値に増加していた場合、増加分の1,000万円に対して譲渡所得税が課されます。
準確定申告とは、先述のみなし譲渡所得税が発生した場合に必要な手続きです。
みなし譲渡所得税は被相続人に対して課せられる税金ですが、すでに被相続人は亡くなってしまっているため、被相続人自身が確定申告の手続きを行うことができません。
そこで、被相続人に代わり相続人などが相続手続きを行う必要があり、このことを準確定申告と呼びます。
準確定申告は、被相続人の死亡した日から4カ月以内に行う必要があります。
しかし、一般的な確定申告とは異なる手続きが必要なため、期限内に相続人自身で手続きを終わらせるのが難しい場合もあるでしょう。
もし期間内に準確定申告の手続きが終わらないと考えられる場合は、税理士などに相談することをおすすめします。
限定承認には、欲しい財産を買い戻せるというメリットがあります。しかし、①手続きが煩雑で一般の人には難しい、②費用も相続放棄などに比べ高額であるため利用者が少ないのが現状です。
家族経営の事業をしている人にとって、限定承認は借金を減らしつつ事業を継続できる優れた制度であり、限定承認の利用を考える価値は十分にあります。
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